八丁堀 鮨處 司

東京都中央区八丁堀1丁目8番1号

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其の十三

札差(ふださし)

蔵米取りはその取り高を札差から貰うことになっていたが、100石、200石という高の米を貰っても、第一に置く所もなく処分にも困るので、それを札差に渡して金に換えていた。

因みに1石 = 10斗 =100升 =1000合で、当時は1食に米1合、1日に3合がおおむね成人1人の消費量とされていた。

1石は成人(兵士)1人の1年間の消費量である。(軍事動員力を示す石高制の基礎単位)


札差は一種の仲買いのようなもので、初めは便宜のためにできたものが、享保年間(1716~1735年)になって公認された。

札差は町人でその数200軒もあり、先祖代々出入り屋敷というものは定まっていた。

武士は年々の物価高にせめられるために、勢い札差から先々の取り高を抵当にして高利の金を借り、それがどんどん膨れ上がって、ひどい目にあっていた。

また札差の方も小普請入りとか、前貸しの武士に対しては、古くて変色したポンポチ米を渡し、役付きの者、羽振りの良い者には、肥後米の上等を渡すなど、なかなか思い切った処置に出ていた。

むろん当時はまだ魚沼産コシヒカリやササニシキなどは無い。


こうした札差の態度に対して、武士は我慢をするより致し方なかった。

米を金に換える札差の手数料は、表向きは100石につき1分ということになっていた。

札差の中には十八大通(じゅうはちだいつう)などと称して花柳の巷に豪奢を極めた者が多く、大口屋暁雨、大和屋文魚などはその例である。